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마지막 (The Last) / Agust D, BTS歌詞 日本語訳 考察

順番が前後しましたが、Agust D-2も発表されたところですし、2016年に公開されたAgust Dの一曲の訳と考察を記したいと思います。

 

 

原曲はこちら

https://soundcloud.com/bangtan/agustd107

カナルビ動画はこちらから

https://youtu.be/YTh2v7MYyPk

 

 

まずは歌詞です。

 

 

**

 

잘 나가는 아이돌 랩퍼 그 이면에

上手くいっているアイドルラッパー その裏では


나약한 자신이 서 있어 조금 위험해

弱い自分が立っている 少し危険だ

 

우울증 강박 때때로 다시금 도져

鬱病 強迫 時々ぶり返す

 

Hell no 어쩌면 그게 내 본 모습일 지도 몰라

Hell no もしかしたらそれが俺の本当の姿かもしれない

 

Damn huh 현실의 괴리감

Damn huh 現実との乖離感

 

이상과의 갈등 아프네 머리가

理想との葛藤 痛いんだ頭が

 

대인기피증이 생겨 버린 게 18살쯤

対人忌避症が始まったのは18歳くらい

 

그래 그때쯤 내 정신은 점점 오염 돼

そうさ その時くらいから俺の精神は少しずつ汚染されてった

 

 

가끔씩 나도 내가 무서워

時々俺も俺が怖い

 

자기 혐오와 다시 놀러 와 버린 우울증 덕분에

自己嫌悪と また遊びにやってきた鬱病のおかげで

 

이미 민윤기는 죽었어 (내가 죽였어)

もうミンユンギは死んだ (俺が殺した)

 

죽은 열정과 남과 비교하는 게 나의 일상이 되 버린 지 오래

死んだ情熱と他人とを比較するのが 俺の日常になってしまってから随分経つ

 

 

정신과를 처음 간 날 부모님이 올라와

精神科を最初に訪ねた日 両親が上京してきて

 

같이 상담을 받았지 부모님 왈 날 잘 몰라

一緒にカウンセリングを受けた 両親曰く 俺がよくわからない

 

나 자신도 날 잘 몰라 그렇다면 누가 알까

俺自身も俺がよくわからない それなら誰がわかるってんだ

 

친구? 아님 너? 그 누구도 날 잘 몰라

友達?違うならお前?誰も俺のことがわからない

 

 

의사 선생님이 내게 물었어

病院の先生が俺に聞いた


(─────있냐고)

(─────したことはあるか)

 

주저 없이 나는 말했어 그런 적 있다고

躊躇うことなく俺は言った したことあるって

 

 

버릇처럼 하는 말 uh I don't give a shit, I don't give a fuck

口癖のように言ってる言葉 uh 俺の知ったことか、興味ない

 

그딴 말들 전부다 uh 나약한 날 숨기려 하는 말

そんな言葉は全部 uh 弱い俺を隠そうとする言葉

 

지우고픈 그때 그래 기억 조차 나지 않는 어느 공연하는 날

消したいあの頃 あぁ 思い出すことさえできないいつかの公演日

 

사람들이 무서워 화장실에 숨어 버린 나를 마주 하던 나

人が怖くてトイレに隠れてしまった俺に 向き合った俺

 

 

그때 난 그때 난 성공이 다 보상할 줄 알았지

その時俺は その時俺は 成功が全部保証してくれると思っていた

 

근데 말야 근데 말야 시간이 지날 수록 괴물이 되는 기분야

でもさ でもさ 時が過ぎるにつれ怪物になっていく気分だ

 

 

청춘과 맞바꾼 나의 성공이란 괴물은 더욱 큰 부를 원해

青春と引き換えに俺の成功という怪物は より大きな富を欲しがった

 

무기였던 욕심이 되려 날 집어 삼키고 망치며 때론 목줄을 거네

武器だった欲が かえって俺を飲み込んで壊していき 時には首輪をかける

 

어떤 이들은 내 입을 틀어 막으며 선악과를 삼키라 해

とある奴らは俺の口を塞いで 禁断の果実を飲み込ませる


I don't want it 그들은 내가 이 동산에서 나가길 원하네

そんなのいらない そいつらは俺がこの園から出ていくことを願ってるんだな

 

 

Shit, shit 알겠으니까 제발 그만해

Shit, shit わかったからどうかやめてくれ

 

이 모든 일들의 근원은 나니까 나 스스로 그만둘게

このすべての根源は俺だから俺自ら終わらせるさ

 

내 불행이 니들의 행복이라면 기꺼이 불행 해줄게

俺の不幸がお前らの幸せなら喜んで不幸になってやるさ

 

증오의 대상이 나라면 기요틴에 올라서 줄게

憎悪の対象が俺ならギロチン台に上がってやる

 

 

상상만 하던 것이 현실이 돼 어릴 적 꿈이 내 눈앞에

想像ばかりしていたことが現実になって 幼い時の夢が俺の目の前に

 

꼴랑 두 명 앞에 공연하던 좆밥 이젠 도쿄돔이 내 코앞에

たった2人の前で公演してたクズ 今は東京ドームが俺の鼻の先に

 

한번 사는 인생 누구보다 화끈하게 대충 사는 건 아무나 해

1度きりの人生 誰より思い切って適当に生きるのは誰でもできる

 

My fan my hommie my fam 걱정 말길 나 이젠 정말 괜찮아 damn

俺のファン、仲間、家族 心配しないでくれ 今は本当に大丈夫だ damn

 

 

내 본질을 부정했던 게 수 차례

俺の本質を否定したのは何回か

 

내 주소는 아이돌 부정은 안 해

俺のいるべき場所はアイドル 否定はしない

 

수 차례 정신을 파고들던 고뇌

何回か精神を追い込んだ苦悩

 

방황의 끝 정답은 없었네

彷徨って最後 正解はなかったな

 

 

팔아먹었다고 생각 했던 자존심이 이젠 나의 자긍심 돼

売り渡したと思っていた自尊心が今は俺の誇りになった

 

내 fan들아 떳떳이 고개들길 누가 나만큼 해 uh

俺のファンたち、堂々と頭を上げてくれ 誰が俺ほどやれるんだ uh

 

 

세이코에서 롤렉스 악스에서 체조

SEIKOからROLEX AXから体操

 

내 손짓 한번에 끄덕거리는 수 만 명들의 고개

俺の手振り一つで揺れる数万人の頭

 

Show me the money 못 한게 아니라 안 한 거라고 shit

Show me the money 出れないんじゃなくて出ないんだよ shit

 

우릴 팔아먹던 너넨 안 한 게 아니라 못 한 거라고 shit

俺らを売り飛ばそうとしたお前らは出ないじゃなくて出れないんだ shit

 

 

내 창작의 뿌리는 한 세상 단맛 쓴맛 똥맛까지 다 봤지

俺の創作の根は 世界の酸いも甘いもクソ味まで全部見たんだ

 

화장실 바닥에 잠을 청하던 그땐 이젠 내게 추억이네 uh 추억이 돼

トイレの床で眠っていたあの時 今は俺にとって思い出だな uh 思い出になった

 

배달 알바 중 났던 사고 덕분에 시발 박살이 났던 어깨

配達アルバイト中に起こった事故のおかげでボロボロになった肩を

 

부여잡고 했던 데뷔 너네가 누구 앞에서 고생한 척들을 해

押さえてしたデビュー お前ら誰の前で苦労したフリしてんだよ

 

 

세이코에서 롤렉스 악스에서 체조

SEIKOからROLEX AXから体操

 

내 손짓 한번에 끄덕거리는 수 만 명들의 고개

俺の手振り一つで揺れる数万人の頭

 

한이 낳은 나 uh 똑똑히 나를 봐 uh

恨みが生んだ俺 uh しっかり俺を見ろ uh

 

우릴 팔아먹던 너넨 안 한 게 아니라 못 한 거라고 shit

俺らを売り飛ばそうとしたお前らは出ないんじゃなくて出れないんだよ shit

 

 

 

 

強烈な歌詞ですね。普通の楽曲の歌詞には出てこないような単語がいっぱいで訳すのが難しかった…。

それでは順に、歌詞の考察をしていこうと思います。

 

この曲はユンギ自身に深く関わっているであろう楽曲です。歌詞の考察上、精神的な病について触れていますのでご注意ください。

 

 

 

「上手くいっているアイドルラッパー その裏では
弱い自分が立っている 少し危険だ

鬱病 強迫 時々ぶり返す
もしかしたらそれが俺の本当の姿かもしれない」

最初の歌詞です。

 

「上手くいっている」というのは、自分以外の他の人間から見た自分の姿のことを指します。「アイドルラッパー」と敢えて言ったのは、「ラップじゃない」「お遊びのラップだ」「所詮アイドルのラップ」と、これまでバンタンのラップをそういう言葉で揶揄されたことも踏まえているかと思います。

側から見れば上手くやっているアイドルラッパーだが、その裏には弱い自分が隠れている。その実自分は強くない、というギャップ、葛藤が感じられます。「上手くいっているラッパー」ではなく、「鬱病や強迫障害を繰り返す弱い自分」が「本当の自分」であるのかもしれない、という独白です。

 

 

 

「現実との乖離感
理想との葛藤 痛いんだ頭が
対人忌避症が始まったのは18歳くらい
そうさ その時くらいから
俺の精神は少しずつ汚染されてった」

 

現実との乖離感、理想との葛藤。これはまさに最初の歌詞を表しています。理想と現実があまりにもかけ離れていることに対して苦しんでいる描写です。その葛藤には多くの人の影響があるように思えます。称賛、嫉妬、さまざまなものから対人忌避症がはじまったんですね。まだ18歳という思春期真っ只中の時期にこの症状を患ってしまったユンギは、どんどん追い詰められていきます。

 

 

 

「時々俺も俺が怖い

自己嫌悪とまた遊びにやってきた鬱病のおかげで
もうミンユンギは死んだ (俺が殺した)
死んだ情熱と他人とを比較するのが
俺の日常になってしまってから随分経つ」

 

自分でも自分を理解できなかったり、知らない自分がいるように思えてしまったり、自分をコントロールできなかったり。鬱病という病を患ってしまった人の感情を、「時々俺も俺が怖い」という歌詞にこめています。ここで大事なのは「時々」です。「遊びにやってきた鬱病」とあるように、普段通りに過ごしていて突然症状に襲われたりする生々しさをより際立たせる描写になっています。

「もうミンユンギは死んだ(俺が殺した)」この歌詞が何よりも悲しくて辛いし怖いですね。鬱病という病気がいかに怖いものなのかわかります。自分自身という存在を自分が否定した=殺してしまった、という意味かと思います。

「死んだ情熱と他人とを比較するのが
俺の日常になってしまってから随分経つ」死んだ情熱、つまり以前までの自分ですね。情熱に駆られて駆け抜けてきた過去の自分と、他人を比較していろいほ考えてしまうのがユンギの日常になってしまった。しかもその日常をずっと繰り返している。過去と他人とを比べるのはくだらない、という自己啓発書をよく見かけますが、そういうことです。自己啓発書では“過去と他人を比べていてはいつまでも前に進めない”というニュアンスが含まれていますが、つまり、“いつまでも前に進めない”自分自身を描写しています。

 

 

 

「精神科を最初に訪ねた日 両親が上京してきて
一緒にカウンセリングを受けた
両親曰く 俺がよくわからない
俺自身も俺がよくわからない
それなら誰がわかるってんだ
友達?違うならお前?誰も俺のことがわからない」

 

両親にお前のことがよくわからないと言われたけれど、自分だって自分のことが分かってないのに誰がわかるっていうんだ、という八つ当たりのような心の叫びのような言葉が強烈です。誰も理解者がいない、といった孤独な叫び声のようにも思えます。

 

 

 

「病院の先生が俺に聞いた
(─────したことはあるか)
躊躇うことなく俺は言った したことあるって」

 

(─────したことはあるか)という恐らく質問の内容は「死のうとしたことはあるか?」であると考えられます(ここまでの流れ的に)。多くの人間は、自分の弱みを人に見せることを怖がります。自殺しようとしたことなどは特にデリケートな問題のため、答えを言い澱んでしまう人も多くないです。それに対して「したことある」と躊躇なく答えてしまうユンギの精神はもう限界だったのかもしれません。

 

 

 

「口癖のように言ってる言葉 uh
俺の知ったことか、興味ない
そんな言葉は全部 uh
弱い俺を隠そうとする言葉
消したいあの頃 
あぁ 思い出すことさえできないいつかの公演日
人が怖くてトイレに隠れてしまった俺に
向き合った俺」

 

「知ったことか」「興味ない」という言葉は、弱い自分を強く見せようとするために吐いた強がりの言葉ですね。本当は知りたくて仕方がない、目を背けることができないのに、無理やりその事実を遠ざけるような危うさを感じられます。

“いつかの公演日、人が怖くてトイレに隠れてしまった”というユンギ。対人忌避症という病の中でもよく見られる典型的な症状だそうですが、自分がこの道を選んだにもかかわらず人が怖くて逃げてしまった自分がいたわけです。それにも関わらず、そんな自分にユンギは向き合うわけです。

 

 

 

「その時俺は その時俺は
成功が全部保証してくれると思っていた
でもさ でもさ
時が過ぎるにつれ怪物になっていく気分だ」

 

向き合った理由は、「成功が全部保証してくれるから」です。弱い自分と向き合ってそれを受け入れるのではなく、成功が自分を保証してくれるから、成功すれば自分は自分でいられるから、と自分を奮い立たせてしまったのです。鬱病の人に「頑張れは禁句」とよく言いますが、それを自分自身でユンギはやってしまうわけです。今の自分にできる精一杯がそれだったのでしょう。

成功が保証してくれるから、頑張らなくてはいけない。弱い自分でいてはいけない。そうやって自分を自分で追い詰めた結果、より自分で理解できないような自分=怪物になっていることに、自分自身で気づいています。それでも、「成功」が「精神安定剤」になってしまったユンギには、それを止められなくなってしまいます。

 

 

 

「青春と引き換えに俺の成功という怪物は
より大きな富を欲しがった
武器だった欲が
かえって俺を飲み込んで壊していき
時には首輪をかける
とある奴らは俺の口を塞いで
禁断の果実を飲み込ませる
そんなのいらない
そいつらは俺がこの園から
出ていくことを願ってるんだな」

 

「青春」という甘酸っぱく爽やかな時代を捨て、「成功」に拘ってしまったユンギはいつでもより大きな成功を求めてしまい、どんどん精神的に追い詰められていきます。成功というのは誰にでも武器になり得ますが、最初は武器だった欲=成功をあまりにも求めてしまった結果、かえって自分の首を締めることになってしまいます。成功にこだわり続ければ、自分のしたい音楽やラップもうまく作れない、うまくできない、そういったスパイラルになってしまうのです。「時には首輪をかける」とあるように、身動きが取れなくなってしまうのですね。

「とある奴らは俺の口を塞いで禁断の果実を飲み込ませる」とありますが、これは他人によって何かを強制されたことを描写しているように思います。その後に「そいつらは俺がこの園から出ていくことを願ってるんだな」とある通り、ユンギを陥れようとしている周りの人間たちの悪意を喩えています。「禁断の果実」という言葉があることから、この園とは旧約聖書に出てくる「エデンの園」のことではないかと考えられます。禁断の果実を口にしたがゆえにエデンの園を追い出されたアダムとエバの話です。それを自分と周りに例えています。

 

 

 

「Shit, Shit わかったからどうかやめてくれ
このすべての根源は俺だから
俺自ら終わらせるさ
俺の不幸がお前らの幸せなら
喜んで不幸になってやるさ
憎悪の対象が俺なら
ギロチン台に上がってやるさ」

 

一つ前の歌詞で「禁断の果実はいらない」と言っていたのですが、このバースではそれすらも諦めて受け入れてしまっているような歌詞があります。周りからの悪意によって完全に潰され、洗脳されてしまったかのような、精神が死んでしまったかのような印象を持ちます。

「このすべての根源は俺だから俺自ら終わらせるさ」という歌詞からは、強制されなくても自分で死んでやるよ、という自暴自棄な言葉が裏に聞こえてきます。また、「俺の不幸がお前らの幸せなら喜んで不幸になってやるさ」「憎悪の対象が俺ならギロチン台に上がってやるさ」というふうに、自らお前らの言いなりになってやるよ、俺がいなきゃいいんだろ?じゃあいなくなってやるからさというような悲しみと諦め、それによって解放される歪んだ喜びが滲み出ています。

 

 

 

「想像ばかりしていたことが現実になって
幼い時の夢が俺の目の前に
たった2人の前で公演してたクズ
今は東京ドームが俺の鼻の先に
1度きりの人生
誰より思い切って適当に生きるのは誰でもできる
俺のファン、仲間、家族 心配しないでくれ
今は本当に大丈夫だ damn」

 

ここからは少し雰囲気が変わります。先程までは早く苦しみから解放されたいというような精神的に追い詰められて出てきた言葉のような歌詞が多かったのですが、少しユンギの中で希望が見えてきたような、自尊心が復活したような印象のバースになっていますね。

「想像ばかりしていたことが現実になって幼い時の夢が俺の目の前に たった2人の前で公演してたクズ 今は東京ドームが俺の鼻の先に」これは、ユンギが囚われていた「成功」という言葉とは少し違うものかと思います。「想像」と歌詞に書いてある通り、あくまで現実的にはあり得ないと思っていたことが現実になった、というのは、成功を死に物狂いで追い求めたのとは異なります。「あの時はいつもこうだったのに、気付けばこんなところまで来ていた」という、事実に気づかされる場面です。つまり、「成功したいという欲」で掴み取ったものではなく、「気付けば」手に入れていたものなのです。

「俺のファン、仲間、家族 心配しないでくれ 今は本当に大丈夫だ」という歌詞があるように、そこでユンギの精神状態に少し変化が生まれたようです。

 

 

 

「俺の本質を否定したのは何回か
俺のいるべき場所はアイドル 否定はしない
何回か精神を追い込んだ苦悩
彷徨って最後 正解はなかったな」

 

この辺りからは、精神的に追い詰められていた時期を振り返る歌詞になっています。つまり、そういう時期の自分を客観的に見れるくらいにはよくなっていた、ととっていいと思います。

「俺の本質を否定したのは何回か 俺のいるべき場所はアイドル 否定はしない」この歌詞は…。前の歌詞でも散々「自分で自分を否定した」「自分で自分を殺した」というようなニュアンスが含まれていましたが、そういうことだと思います。

「アイドルラッパー」という揶揄的な表現に対する悩みもあったように思います。ユンギはもともとラップをやってきた人ですし、自分は裏方で音楽を作ろうとしていた人ですから、自分を「ラッパー」ではなく「アイドル」として見られること、自分が一生懸命やってきているラップを「所詮アイドルのラップ」と馬鹿にされることに対して、受け入れられなかったのかも。そういう周囲からの悪意ある言葉に酷く傷ついた結果が対人忌避症だったのかもしれません。

けれど、一つ前のバースくらいから自分のメンタルに少し余裕ができて、自分の居場所についても考えた。そして、「否定はしない」という結論に至ったみたいです。そうだとはっきり言い切ってはいないですが、

「何回か精神を追い込んだ苦悩 彷徨って最後 正解はなかったな」と歌詞にあるように、どれだけ悩んでも、どれだけ精神が死にそうになるくらい考えても、結果として答えはなかった。正しい解答なんてものはなかった。というのがユンギの答えのように思います。

 

 

 

「売り渡したと思っていた自尊心が今は俺の誇りになった 俺のファンたち、堂々と頭を上げてくれ 誰が俺ほどやれるんだ uh」

 

そして、ここで完全に立ち直ったというか、確立したミンユンギの言葉が出てきます。散々悩んで散々自分を呪い、何度も自分を殺そうとしたことでとっくになくなったと思っていた自尊心(=プライド)。この自尊心は、「本質がアイドル」というのに深く関わってると思います。それが今や自分の誇りになった、とユンギは言い切りました。悩んで悩んで、いらないと思っていた、否定していたものが結果として、自分の武器になり、誇れるものになった。

これはすごく大きな変化で、自分の弱点だと思っていたものをプラスに変えられると弱みがなくなったように思えるんですよね。弱みというのは自然と自分を萎縮させるんですが、強みは自分自身に自信を持たせ、堂々とさせます。つまり、ユンギは自分をたくさん傷つけたけれど、結果として、より強くなれたわけですね。

「俺のファンたち、堂々と頭を上げてくれ 誰が俺ほどやれるんだ」この歌詞は本当にすごく胸に響きます。どん底からこうやって這い上がってきたという自分を、過去も全てひっくるめて誇っているユンギの姿がすごくかっこよく見えます。俺ほどの奴がどこにいるんだ、という言葉、きっと昔なら強がり故の言葉だったんだろうけど、今は本当に、心からこう言っているんですね。

 

 

 

「SEIKOからROLEX AXから体操* 
俺の手振り一つで揺れる数万人の頭
Show me the money
出れないじゃなくて出ないんだよ Shit
俺らを売り飛ばそうとしたお前らは
出ないじゃなくて出れないんだ Shit」

 

ご存知の通り、SEIKOとROLEXは時計メーカーです。SEIKOは比較的安価なものが多く(大体1万円あたり)、反対にROLEXは高価な時計を主としています(100万円〜)。また、AXと体操は公演場です。「AX」はAX-KOREA(現: YES24 LIVE HALL)というスタンディングなら2,500人収容可能な公演場。「体操」はオリンピック体操競技場。収容人数は10万人可能だそう。身につける時計が安価→高価、ステージが小規模→大規模であることを描写しています。どっちも桁違いですよね。そして、大きくなった会場で自分が一つ手を振れば数万人がそれに応えてくれる、といった具体的描写も入れています。

そして、「Show me the money」というのは韓国のMnetで放送されているラッパーのサバイバルオーディション番組で、人気がとても高いそう。そのラップ番組には「出れない」のではなく自らの意思で「出ていない」。逆にユンギを陥れようとしていた奴らは、「出ていない」ではなく「出れない」んだ、と。ここでいつもの「ラッパー」らしさが出てきましたね。他人をディスり自分を上げるのはラップによくあひますから。

 

 

 

「俺の創作の根は世界の酸いも甘いも
クソ味まで全部見たんだ
トイレの床で眠っていたあの時
今は俺にとって思い出だな uh 思い出になった」

 

人というのは割と狭い世界で生きているため、何でも知ったつもりになっていて知らないことがたくさんあるなんてことはよくある話です。成功しかしていない人、大きな失敗をしていない人には見えない世界というのが必ずあります。ユンギは精神を病んでドン底まで落ち、それを克服して成功し栄光を手に入れています。酸いも甘いもクソ味まで見てきたというのはそういうことです。そして、ユンギの創作の根底にはその経験がある、ということを描写しています。経験をもとに創作をすると現実味があってより描写が美しくなりますから、つまりはそういうことです。

「トイレの床で眠っていたあの時」という歌詞ですが、トイレの床で眠るなんてことは皆さんしたくないですよね。つまりそれほど苦い思いをしたことを、今はいい思い出になった、というように過去にしています。また、ここでの「トイレ」は、前の歌詞に出てきた「トイレに閉じこもった」というのともリンクしているように思います。

 

 


「配達アルバイト中に起こった事故のおかげでボロボロになった肩を押さえてしたデビュー お前ら 誰の前で苦労したフリしてんだよ」

 

自分は身を削ってボロボロになりながらデビューしてこの道を歩いてきた、という、かつて捨てた自尊心が誇りになったユンギから言わせれば、自分を叩くすべての人間が苦労をしてきたように見えないんですね。苦労したフリをしているだけで、実際俺ほど苦労はしてないだろ、それなのにまるで苦労してきたみたいなフリをするなよ、という苛立ちと呆れがまざった歌詞のような気がします。

 

 

 

「恨みが生んだ俺 uh しっかり俺を見ろ uh
俺らを売り飛ばそうとしたお前らは出ないんじゃなくて出れないんだよ」

 

最後の歌詞ですね。

「恨みが生んだ俺」は、ユンギが「お前ら」と言っている人間によって作り出された「自分」でもあると思います。散々揶揄され叩かれて自分で自分を恨み傷つけ、その後立ち直った。その経緯で生まれた「俺」のことだと思われます。だからこそ「しっかり俺を見ろ」という言葉には、もうお前らには負けない、お前らは俺に一生敵わない、という意思表示と威嚇のように見えます。「お前らが作り上げた俺を見ろ」と言いたげな歌詞です。そして、俺らを売り飛ばそうとしたお前らは所詮出られないんだ、と最大限に皮肉っています。「お前らが作ってくれた俺は出れないんじゃなく出られないけど、俺を作ってくれたお前らは出られないんだな」という皮肉…痛烈!かわいそうに、という哀れみの言葉が聞こえてきそうなラストでした。

 

 

 

 

歌詞に沿っての考察は以上です。

この曲には、ユンギ自身の苦悩と葛藤、乗り越えたが故の自信と皮肉が散りばめられています。

わたしが読み取ったメッセージは、「俺がここまでこられたのはお前らのおかげだよ、ありがとな」という、最大限の皮肉でした。

 

ただ、、この曲を訳すだけで本当に病んでしまいそうになるくらいユンギの過去が重たくて、いろいろ考えてしまいました。この曲は独白に近いですが、だからこそ、苦しみや葛藤がより強く感じられました。そして、だからこそあんなにも様々な曲を作ることが出来る人なんだなとも思いました。

これからのユンギが幸せであればいいなと、改めて思っています。

 

 

 

長くなりましたが、これで考察を終わります。